かえりみち
「・・・え?」

卓也が、顔を上げた。
最初より、はっきりとした口調だった。
「どうしても行きたいところが、あるんです」

皆、呆気に取られてしばらく口も利けなかった。

「・・・君、今自分で何を言ってるのか、分かってる?」
やっと、井上が口を開いた。

「・・・はい」

本人が一番分かってるだろう。
この1週間、血のにじむような努力を重ねてきたのは、今日のためなのだから。

「じゃあ、一体どこへ行きたいっていうんだよ?!」
春樹は、卓也の意図が全く読めない苛立ちをぶつけた。

卓也は一瞬、言うのをためらうように、幸一をちらりと見た。
幸一も、卓也の本心を計りかねて困惑した表情を浮かべていた。
卓也が下を向いた。

「・・・父が、末期のガンなんです。」

卓也は、懸命に言葉を連ねる。
「それなのに、治療も受けずに、どこかへ行こうとしてるんです。一人で死ぬために。・・・今行かなかったら、もう見つけられないかもしれません」

春樹が口をはさんだ。
「お前の父ちゃん、超悪い人だって、前言ってたじゃないか。なんでそこまでしてやる必要があるんだよ?このコンサートには、お前の人生がかかってるんだぞ?行くな、行っちゃだめだ」

「そうだ。気持ちは分かるが、行っちゃだめだ」
幸一が立ち上がり、片足を引きずりながら卓也の前まで来た。
珍しく、厳しい表情だった。

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