かえりみち


薄暗く蒸し暑い部屋の中で、正卓が薄いマットレスに横になっている。
3日前から、咳が止まらない。

水を飲もうとして脇のコップに手を伸ばしたが、握力が足りず床に落としてしまう。
拾う力もなく、正卓はあきらめてまた目を閉じた。





・・・床に転がったコップを拾う、手。

続いて、部屋がぱっと明るくなった。

正卓の髪を、心地よい風が揺らす。

「?」

ぼんやりと目を開ける正卓。
窓が開いており、その向こうに美しい青い海が広がっている。


その窓の脇に、卓也が立っている。

「・・・」
正卓は口を開くが、からからに乾いていて言葉にならない。

「探したよ」

卓也はスーツケースから、山ほどの薬袋を取り出す。
部屋の隅の蛇口をひねり、コップに水を入れる。

「お前・・・」

「病院から薬もらってきた。飲んで。」

「・・・ここの水道はな、飲めないんだよ。飲んだら腹こわすぞ」

卓也が顔色を変えた。
「嘘! さっき飲んじゃった!」

「まったく・・・」
苦笑いの正卓。

「・・・父さん。」

卓也がイスに腰を下ろし、正卓を見た。

「あの時。
助けてくれて、・・・ありがとう。
やっと、心からそう言える
ようになったよ」

「・・・。」

正卓は安らかな表情で、窓の向こうの青い海を見ている。



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