かえりみち
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「あ~あ、ここまで用意しといてあげたのに。口元まで持っていかないと食べないわけ?」

百合は台所で、朝作っておいたカレーの鍋を温めなおしている。

隣の作業場から聞こえてくる、ヤスリをかける音が止んだ。

「仕方ないだろ、今回の追試落とすと落第決定なんだよ」

まあ、そうなると阿南楽器工房の再開にも暗雲が立ち込めるわけで、確かにまずい状況ではある。

「だから、お父さんが生きてるうちにちゃんと教えてもらったらよかったのに」

百合がぽつりと言った言葉は、ヤスリの音にまぎれて兄の春樹の耳には届かなかった。

「食べないと、頭も体も働かないよ」

百合はカレーを3つの皿に分けて、作業場のテーブルへ持っていった。
広いはずのテーブルには、ノコギリやら万力やらが使ったままの状態で放置され、全体が木屑だらけ。

「・・・・・・」

百合は少し躊躇した後、木屑を手で払ってなんとか食事のスペースを確保した。

「タクも食べてね」

「あ、ありがとう」

テーブルの下から卓也の声。卓也はさっきから、テーブルの下に潜り込んでネコがミルクをなめているのを眺めている。

「・・・ちょっと?温かいうちに、食べてよね?」

あ、やばい。そろそろ動かないと、機嫌が悪くなるぞ。

「はいはーい。いただきまーす」

春樹はいさぎよく作業を中断し、流し台に向かった。


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