かえりみち
百合は言葉が出てこなかった。
代わりに、涙になってあふれた。
本当は、このバスに飛び乗ってしまいたい。
だけど、百合の人生はもはや、百合のものではない。
「彼を助けてあげたら、僕と結婚してくれる?」
桜庭医師の問いに、百合は迷わずうなずいた。
半年前。
胸を刺されて瀕死の状態で運ばれてきた卓也を前に、桜庭先生と交わした約束。
先生にとっては、なんてことない手術だったのかもしれない。
あっという間に止血して、体内に残ってたナイフの刃先を取り出して。
それを膿盆に落としたとき、チャリンと音がした。
タクの手術が成功した音。
それは百合の手に、見えない枷(かせ)がはめられた音でもあった。