かえりみち

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「ここが君の部屋だよ」

幸一に促され、卓也が部屋に入る。

「この部屋、一応お客さん用の部屋なんだけど。ほとんど使ってなかったから、変な匂いがなかなか取れなくて。まだ匂うかもしれない、ごめんね。ファブリックは変えてみたんだ、前のはちょっと落ち着きすぎてて、君のイメージじゃなかったから。そのカーテン、由紀子が選んだんだよ。クローゼットは空にしてあるから、ここに荷物を入れればいい」

卓也の唯一の荷物らしき荷物(スーツケース1個とチェロ)に目が行った。

「・・・入れるほど、荷物はないか」

はしゃいでる。
自分でも分かっているけれど、浮ついた気持ちをなかなか抑えられなかった。
歩が帰ってきたような気がしてならない。

「そうだ、そこの窓、開けてごらん」
言われるままに、卓也が窓を開ける。

「わぁ・・・すごい見晴らし」

明るい日差しと、街全体を見下ろす開けた眺望が目に飛び込んでくる。
歩も、隣の自分の部屋からよく、同じ景色を眺めていた。
日差しを浴びて輝く卓也の笑顔が、歩のそれとだぶって見える。

「あの・・・葛西くん」

卓也が幸一を見た。
「卓也、でいいですよ」

「今、そう呼んでもいいか聞こうと思ったんだ!すごいね、以心伝心」

卓也が静かに微笑んだ。

「…もし出来たら、でいいんだけど。ちょっと一緒に弾いてみないか、ここで。」

「……。」

「ごめん。無理ならいいんだ。別に急ぐ必要なんて…」

「いいですよ。」


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