かえりみち
幸一と卓也はチェロを持って、椅子に向かい合って座った。
「・・・」
チェロを持ち直した卓也の手が、汗でびっしょり濡れているのに気づく。
「卓也」
「大丈夫です」
卓也は、自分を家に迎え入れてくれた幸一の好意に、精一杯応えようとしているように見えた。
手をジーンズの腿の部分で拭うと、弓を握る。
その手は震えている。
それでも懸命に弾こうとするが、やはり力が入らず、音にならない。
「卓也」
幸一は、震える卓也の右手に自分の手を置き、止めさせた。
これ以上、彼が苦しむのを見ていられなかった。
「ごめん。まだ早かったよね」
「ごめんなさい・・・」
消え入るような声で詫びる卓也。
悪いのはこっちだ。
幸一は、自分の性急さを心から恥じた。
こんなことを強いるために連れてきたのではない。
そのとき。
手を通して伝わってくる卓也の手の震えが、少しずつ収まっていくのに、幸一は気づいた。