かえりみち
「・・・」
幸一は立ち上がり、自分のチェロを置くと、卓也の後ろに回りこんだ。
弓を持つ卓也の右手に、自分の右手を添えた。
弦を押さえる卓也の左手に、自分の左手を添えた。
「一緒に弾こう」
そして、卓也の手を優しく導きながら、ゆっくりと「白鳥」を弾き出した。
歩が難しくて弾けないところを、よくこうやって一緒に弾いた。
大きさの違う二つの手が弾くから、当たり前だけど音程も、リズムもメチャクチャで。
でも、それがなんだか無性に楽しくて、幸せで。
二人でくすくす笑いながら弾いた。
不思議なことに、そのあと、歩は一人でも上手に弾けるようになっていた。
卓也の肩から、力が少しずつ抜けていく。
幸一が、押さえていた手をそっと離した。
一人で「白鳥」を弾き続ける卓也。
滑らかで確かな指さばき。
心を震わせるビブラート。
心象を誘う絶妙な間。
間違いない。
この子のチェロには、聴く者を惹きつけて離さない力がある。
チェロを弾く卓也の背中を見ながら、幸一はそう確信した。