かえりみち


歩と別れた日のことが、幸一の胸中をよぎる。
母親に傷つけられた歩は、児童養護施設に入れられることになった。
家を離れる日。
施設職員に連れて行かれる歩の、幸一から離れまいとして思わず宙をつかんだその小さな右手。
自分はそれを、ただ眺めていた。
目の前の光景が、現実のものとは思えなかった。
ふわふわと宙に浮いているような感覚。
悪い悪い夢の中にいるような。

「歩と別れたあの日…悲しすぎて、抱きしめたくても、ちっとも力が入らないんだ。それが最後だった…」

自分がどれだけ歩を愛していたか、歩にはちっとも伝わっていなかった。
だからあの子は、一人で消える覚悟ができたのだろう、
夜の川の中に。
それよりもはるかに暗くて深い孤独に、耐えられなかったのだろう。

違う、違うよ。
君はこれ以上はないというくらいに、愛されていた。
ただ、それをうまく伝えられなかっただけなんだ。

「もう会えないと分かっていたら、もっと強く抱きしめてやるんだった。こんなに愛してるって、力いっぱい…。あの子は、そんな事も知らないで、一人で死んでったんだ…。もう会えないと思いたくない…。」

ドアは固く閉ざされたまま。
幸一の告白は、廊下に空しく響くだけだった。





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