かえりみち
あの時と、同じ匂いがする。
卓也が足を止めた。
水の匂い。
大量の水分を含んで、冷えていく夜の空気。
大きな長い橋の、真ん中あたりまで来ていた。
向こう岸が、限りなく遠く感じる。
欄干に手をかけた。
吸い込まれるような冷たさ。
空気に、鉄の錆びた匂いが混ざる。
そう、あの時も、こんな風に冷たかった。
卓也の手に、あの時の感触が蘇る。
あの時抱いていた思いとともに。
-ぼくはこの世界に、
さいしょから
いなかったことになりたい。
雨がふって
川は水がふえてる。
ぼくがここに入ったら
ぜったいに見つかりっこない。
二人はきっと、
ぼくのことをちょっとさがして、
それからこう思うんだ。
「あゆむって子がいたっていうのは、夢だったんじゃない?」って。
そう・・・
ぼくはこの世界に、
さいしょから
いなかったことになりたい。
それが二人の幸せなら。