かえりみち

あの時と、同じ匂いがする。

卓也が足を止めた。

水の匂い。
大量の水分を含んで、冷えていく夜の空気。

大きな長い橋の、真ん中あたりまで来ていた。
向こう岸が、限りなく遠く感じる。

欄干に手をかけた。
吸い込まれるような冷たさ。
空気に、鉄の錆びた匂いが混ざる。

そう、あの時も、こんな風に冷たかった。
卓也の手に、あの時の感触が蘇る。
あの時抱いていた思いとともに。


-ぼくはこの世界に、
さいしょから
いなかったことになりたい。

雨がふって
川は水がふえてる。
ぼくがここに入ったら
ぜったいに見つかりっこない。

二人はきっと、
ぼくのことをちょっとさがして、
それからこう思うんだ。
「あゆむって子がいたっていうのは、夢だったんじゃない?」って。

そう・・・
ぼくはこの世界に、
さいしょから
いなかったことになりたい。
それが二人の幸せなら。

< 93 / 205 >

この作品をシェア

pagetop