さよならさえも言えなくて
その誰かを見た瞬間、あたしは思わず顔をしかめた。
そして目を合わせない様に、問題集へと視線を戻す。


視線が問題集にある為そいつが何をしているのかは分からないが、ガタガタと椅子を動かす音がする。
一刻も早くそいつが教室から出て行くのを願いながら、無理矢理数学の問題へと思考を働かせた。


「何やってんの?」


そんなあたしの願いも虚しく、そいつはあたしに声を掛けて来た。
突然の出来事に戸惑いながらも顔を上げると、目の前にそいつは居た。

田中隼斗。

同じクラスでありながら、一度も言葉を交わした事はない。
しかしそれはたまたま話すチャンスがなかったとかいうものではなく、あたしが田中を避けて来たからだ。

避けていた理由は、彼を一目見れば直ぐに分かるだろう。
ワックスで固められた茶色い髪、耳についた大きなピアス、だらしのない程に着崩された制服。

真面目な人が好きという訳ではないが、チャラチャラしている人はどうも苦手だ。
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