さよならさえも言えなくて
「うん」


あたしはそう小さく頷くと、また目の前の問題集へと視線を移した。

暫くの沈黙が流れる。

やっと会話が終了した……と思ったその時、又しても田中が口を開いた。


「いつも椎名の事待ってんの?
退屈じゃない?」


田中は意外と他人の事に首を突っ込むタイプなのだろうか。
少々しつこいと感じたが、相手が相手なだけに口には出せない。


「まぁね。でも部活とか入ってないし……」


「退屈なの!?」


退屈という事に対し、妙に食らい付いてきた田中。
あたしは面食らいながらも、「うん」と答えた。
途端に田中が笑顔になる。


「じゃあさ、ちょっと付いて来て!」


そう言うと、田中はあたしの右手首をガシッと掴み、そのままずいずいと歩き始めた。右手に握られたシャーペンが床に落ちて転がる。


「へっ?ちょ、ちょっと……」


逃げようにも流石に男の力には勝てず、ただ田中の後に続くしかなかった。
下手に抵抗して田中がキレたりすれば、それこそ何をされるか分かったものではない。
< 29 / 36 >

この作品をシェア

pagetop