さよならさえも言えなくて
とりあえず入ってはみたものの、どうしたらいいのか分からずあたしはドアの前に突っ立ったまま彼を見ていた。


彼も席に着いたまま、じっとあたしを見ている。
顔がだんだんと熱くなってくるのが自分でも分かった。



「椎名君、どうしたの?こんな時間に」



思ったより出た声が小さくて、彼の耳に届いたのか不安になった。



「まぁ……俺も良く分かんねぇけど、なんか帰る気になんねぇっつうかさ。
でも夕方の誰もいない教室って、いつもと違う感じがして良くない?」



彼の耳には届いていたようだ。

あたしは勇気を出して彼の隣の席まで行くと、静かに椅子を引き、腰を下ろした。


「だよね。あたしもさっき思った。
なんか初めて来た感じになるよね」


あたしは極力明るく話そうと気を付けた。
じゃないと緊張し過ぎて言葉が出て来なくなりそうだった。
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