幸運の器
気づくと周りには誰もいない。

「私、今日は兄に連れられてここにきたんです」

葵は、ポツリとつぶやいた。

「お兄さん?」

「ええ、兄に今日は絶対にここに来いって言われて……。私はこういうところ、すごく苦手なんですけど、兄の様子がいつもと違ってたから気になって……」

チラリと隣で歩く葵の様子を窺うと、本気でその兄のことを心配しているようだった。

「本当は、私が高校生だってことは誰にも言うなって兄に言われてたんです。でも、なんだか桜井さんには、話しても大丈夫だって思えて。だから――このことは内緒にしてもらえますか?」

そういって、上目遣いで懇願するその顔があまりにもかわいくて、悠斗は無意識に葵に口づけていた。
< 35 / 207 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop