思い出の前に
「アレにしようよ」



そう言ってミサが指差した看板は、実力派若手俳優が侍の格好をして強い表情で涙を流しているというものだった。



「あ、俺もアレが見たかったんだ。ミサはベタベタのラブストーリーが好きだと思ってたんだけど、違ったんだ」


「うん。だってラブストーリーって先がわかるじゃん」


「だよな」



岡部は、ミサが自分と同じ趣味だという事を素直に喜んだ。



だが実際は、ミサが岡部の趣味を把握しており、岡部に合わせたまでだった。



まったく、この男はどこまで鈍感なんだか。



ミサはこの時すでに岡部に対して恋心を抱いており、告白されるのを待っていたというのに。
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