恋するキモチ
「失礼しましたー」

どうにか最初の荷物を運び終え、1課に戻ろうとした時だった。

目の前を台車を押しながら歩いている1人の男性が横切った。

「あっあの!すみません!」

「…なにか?」

思わず声をかける。振り返った眼鏡をかけた威圧感のある男性に、私は少しビクビクしながら聞いた。

「あのっ…台車はどこに行けば借りられますか?」

おずおずと聞いてみる。
と、男性はじっと京子を頭の先から足の先まで見た後、小さく眉を動かして聞いてきた。

「所属と名前を」

「あ、本日付けで1課に配属になりました、杉本きょうごっ…」

緊張のあまり、自己紹介をしていて舌を噛んだ。訝しげな顔で見つめてくる男性に、涙が出そうになるのを必死で堪えて続けた。

「杉本、京子でふ」

舌がヒリヒリとしてまだ痛い。

「…人事の小山です」

少しの間、沈黙が流れる。

…怖い。
声かけるんじゃなかった…


小さく後悔していると、小山がすっと台車を差し出してきた。

「えっ?」

驚いて首を傾げていると、小山は表情をまったく変えることなく台車を京子の前に持ってきた。

「後は返しにいくだけですから。返すときに、小山が借りていたものだと言えば通じます」

そこまで言われて、ようやく自分に、台車を貸してやると言われているのだと気づいた。

「あ…すみません、ありがとうございます!」

深くお辞儀をして台車を受け取ると、私は急いで1課へと戻った。
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