たとえばそれが始まりだったとして
「だったら話し掛けるなよ。言っておくけど俺はまだ許した覚えはないんだから」
「それは悪かったと思ってる。いやまじで。だから桐原にも言わなきゃと思ってさ」
「……なに?」
不機嫌に返すと、眞鍋は短く息を吐いた。
欠片も信用のない相手と向き合うのは嫌でも緊張が付きまとう。まさかそれを悟られるわけにもいかず、俺は平静を装い眞鍋を待った。
しかし俺の緊張なんてお構いなしの眞鍋は口を開く様子がない。そこで眞鍋の視線が俺の下方に注がれていることに気付く。
「それ、もしかして小春ちゃんから? それも今日、貰ったとか?」
それ、とは鞄の取っ手にぶら下がっている例の犬。
彼女からのプレゼントだということを眞鍋が知っていることに困惑しつつも、未だ彼女をちゃん付けで呼んでいる事にちゃっかり腹を立て、
「だったらなに?」
文句あるのか、と睨みを利かせることも忘れない。それなのに眞鍋ときたら俺を見ることなくその視線はキーホルダーに注がれたまま、ひとり納得の表情でうんうんと頷いていた。
「なんだ、もう確定じゃん。別にはっきり言えば良いのに、まったく」
かと思ったら今度は独り言を言い始める。なんなんだ。
「おい、もう話はいいのか? だったら部活行きたいんだけど」
脱力感を拭えないままそう言って歩き出そうとすると、慌てた声に止められた。
「ちょっとまだまだ。待ってよ。俺何にも言ってないじゃん。まったく桐原はせっかちさんだね」
「っだったらさっさと用件を」
「俺さ、小春ちゃんにふられちゃった」
言え。そう続けられるはずだった俺の言葉は、緩やかにけれどはっきりと遮られた。
目を瞬かせ、意味を咀嚼する。そうして浮かんだのは当然の如く疑問で。
「ふられるもなにもお前本気じゃなかったんだろ? どういうことだよ」