たとえばそれが始まりだったとして


なにやら前の席の女の子が異常なくらいそわそわとしているのに気が付いて、なんだ? と不審に思い目を凝らして観察してみれば。あぁ、とか、うぅ、とか呻き声を上げながら、その女の子は一心不乱に鞄の中を漁っていた。

その様子から、何か忘れ物をしたのだと推測するのは容易で、何を忘れたのだろうと失礼を承知で後ろから前の席を覗き込む。だけどその子は気付かない。鞄の中までは流石に見えなくて、ちらっと机に目を移せば捉えたのは尖った鉛筆が三本。もしやと思い、身体を戻して視界に広がる背中をつんつんと軽く指で突っついた。だけどやっぱりその子は気付かない。どれだけ夢中なんだと可笑しくなって、今度は軽く肩を叩きつつ「あのー」と声を飛ばしてみた。

すると彼女からすれば不意を突いた出来事だったのだろう、一瞬ビクッと肩を上げてから恐る恐るといった感じでこちらを振り向いた。

「……な、なにか?」

「もしかして、消しゴム忘れたの?」

「っ!? そ、そうですけど……」

二度目の不意打ちも効果は抜群で、その子は目を大きくした後で困惑の眼差しを俺に向けてきた。
なんで消しゴムを忘れた事を知っているの。消しゴムがなくてどうしよう。初対面にも拘わらず、この時俺は女の子の考えている事が手に取るように理解できた。

俺を映す相貌にはありありと不安が浮かんでいて、不謹慎にも可愛いらしいと思ってしまった。

それを誤魔化すように、自分の机に置いてあった消しゴムのうちひとつを手に取り、

「良かったら、どうぞ。俺はもうひとつあるから」

ニッコリと微笑んだ。

その時の彼女と言ったら。
差し出された消しゴムと俺の顔とを代わる代わる凝視し、次に俺の机に残されたもうひとつの消しゴムを確認すると、顛末を理解したのか不安げだった表情をみるみるうちに回復させて、なんと消しゴムごと俺の手を両手で握り締めこれでもかというくらい感謝の意を伝えてきた。

泣きの入る寸前のような表情で何度も何度も「有難う御座います」と頭を下げる彼女に迫力を感じてしまったのは此処だけの話だ。
始まる前からこんな調子で大丈夫なのかなあ、と彼女を見つめながら違う心配もしてみたり。

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