たとえばそれが始まりだったとして


不合格だったら俺の親切も報われないなあと思いつつ、人混みに目を走らせる。確か髪は真っ黒なミディアムで、制服は市内の中学のものでシンプルなブレザーだった……よな。居ないかもしれないけど居たらそっと様子を窺って、受かっていそうで且つ一人だったら話し掛けてみようと胸に決める。
けれどもいくら首を回しても人混みの中に探している姿はなかった。会えなかった事に想像以上に落胆している自分に気が付いて驚く。俺はあの子に会いたかったのだろうか。

まあ、受かっていれば入学してから会えるだろうし、これ以上は無駄だと諦めて帰ろうと人混みを抜け出し門へと足を動かした時だった。

「……いた」

見つけた。探していたあの子だ。間違いない。門に伸びる道の端、花壇の側にぽつんと立っている。

都合良く彼女は一人で、そっと背後に近付いた。……もしかして俺、危ない奴に見えたり。

なんとか声の届く距離まで近付くと、なにやら携帯を片手に俯いたまま微動だにしない。辛うじて見えた横顔は、思い詰めた表情だった。……不合格、だった? 悪い方へ思考が進んでしまう。ハラハラしながら様子を窺っていると、手にしていた携帯が震えて彼女は慌てた様子でそれを右耳へ運んだ。

「――あ、お姉ちゃん? ――うん、見たよ、受かってた。――うん。――へへ、有難う。――え? ――あー、うん、お母さんにはメールしておいた。――うん、了解。じゃあまたね」

通話を終えた女の子は、通話する前と同じように再び俯いて、じっと携帯を見つめていた。どこか憂いのある表情で。

通話中、嬉しそうにはにかんだり、ふと表情が暗くなったり、困ったみたいに小さく笑ったり。何故か、俺はあの一瞬見せた影のある表情のわけを知りたいと強く思った。

彼女は合格した。そして今は一人。声を掛けると決めたのはほんの少し前なのに、俺は出来なかった。彼女が全面に喜びを出していたら、きっと一緒に笑って喜べただろう。でも彼女は合格の喜びよりも大きな感情を抱いていて、それが分かったから俺は彼女を見ているしかなかった。


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