たとえばそれが始まりだったとして
うっと言葉に詰まる。それを言われると返す言葉も御座いません。ってちょっと待ったそもそも桐原君に家の住所教えたの遠藤たちじゃん。
「なによ?」
「いいえっ」
遠藤には一生勝てる気がしないな。
そろりと教室内を見回すと、まだ数名の女子が残っている。彼女たちは黄色い声を上げながら仲良くお喋りに夢中になっていた。こちらにもその高揚感を分けてはくれないだろうか。
「あ、そういえばみーこは?」
何処にも姿が見当たらない。
「みーこはデートよ」
「デートって例の彼と!? うわー、だからみーこ今日は一段とテンション高かったんだ」
そう、みーこには年下の彼氏がいるのだ。名前は知らないけど、他校の一年生で付き合ってもうすぐ二年になるらしい。
「話逸らそうとしても無駄よ。兎に角、あんたは桐原と帰りなさい」
「別にそういうつもりじゃあないんだけど」
私がそう言うと、口答えは許さないというように遠藤がきっと睨んできた。思わず体が竦み上がる。絶対遠藤は将来ヤのつく職業になれると思う。
「あんた、そんなに桐原と帰るのが嫌なわけ?」
「嫌っていうか……」
嫌なわけじゃなくて。むしろ一緒に居られるのは嬉しいんだけどさ。私から会いに行くってことは客観的に見てつまりそういうことになるわけで。そしたら、言わなくちゃいけなくなるじゃんか。私はまだ迷ってるんだよ。
そんなようなことを私がごにょごにょと呟いていると、しびれを切らした遠藤はついに最終手段に出た。
「そう。……じゃあコレはいらないのね」
「コレ? ……っ!?」
私は一瞬目を疑った。
だって、遠藤の右手に摘まれているのは紛う方なき例のあれ、桐原君に告白されたあの日食べ損なってから何だかんだで買い逃していた一日一個限定の中村屋特製粒あんぱんだったのだから。
あの日メールした時には既に遠藤とみーこに美味しく食べられた後だった。他人のものを勝手に! とメールで文句を言いまくったのだけど、親切で消化してあげたのに文句を言われる筋合いはないと遠藤に一蹴され終わったのだ。
あの時程自分の行動を悔いたことはない。