たとえばそれが始まりだったとして


そう言ってにっと子供のような笑顔を浮かべたのは見たことのある顔で。私はあまり自信のない記憶をフルスピードで手繰り寄せる。

「えっと、……矢野くん?」

確か、そんな名前だった気がする。期待半分不安半分で彼を見上げれば、彼はがっくりと肩を落とした。

「春日原さん、俺矢部だから。てか俺ら同じクラスだよね?」

やっぱり私の記憶は当てにならないみたいだ。

「ごっごめんね矢部君。別に矢部君だけ憶えてないとかじゃなくて、あたしが名前憶えるの苦手なだけだから!」

「……うん、もういいよ。それなりにショックだったけど。まだクラス替えから二ヶ月だもんね。今日憶えてくれればいいから」

「本当申し訳ない矢部君……」

なんかこのやりとりに既視感を覚えるよ。
苦笑していた矢野君改め矢部君は、そこで何かを思い出したかのように表情を一転させた。

「春日原さんさ、もしかして桐原待ってんのっ? そうだよなっ?」

期待に満ちた目を向けてくる矢部君に私は一歩後ずさる。

「えーっと、うん、まあ」

「そうかやっぱり桐原かー。よし、俺が呼んで来てあげるよ」

「へっ?」

邪のない笑顔でとんでもないことを提案してきた矢部君に間の抜けた声が出る。

「遠慮しなくていいって! 俺もサッカー部なんだよ。だから任せて」

しかし勘違いをした彼は安心させるように明るい声で言葉を重ねてくる。
いやいやむしろ心の底から遠慮したいです! 私が困っているのがわからないのだろうか? ……矢部君てば実はお節介な人?

「おっ噂をすれば。おーい桐原! 彼女待ってるぞー!」

桐原君!? てか彼女って! それはあれだよね、私が女の子だから代名詞的な意味で遣ったんだよね!
大きく手を振る矢部君の視線の先には、小さな人影が揺れていた。私には黒い影にしか見えないのに、あれで誰だかわかるなんて、私の時もそうだけど矢部君めちゃくちゃ視力いいな!

って感心してる場合じゃない!
まだ心の準備が出来てないのに!
どうする!? 会って何て言えばいいの!?


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