たとえばそれが始まりだったとして
『急に桐原君と帰りたくなったの』
これじゃあ気持ちもろバレだよ!
『あんぱんにつられて……』
事実だけどあまり知られたくない!
『自転車の荷台に乗ってみたくて……』
だったら自分の自転車で試しなよ!
……駄目だ何も思い浮かばない。あーもう矢部君てば何余計なことをしてくれちゃってるのさ!
私が頭を抱え悶絶しそうになっている間にも桐原君は確実にこちらに向かっていて。
キャパシティを越えた私の頭はある命令を体に下した。
「あっあたし、やっぱり帰るね! さよなら!」
そう言って、くるりと体を反転させ私は地を蹴った。
「春日原さん!?」
遥か後方で矢部君の声が虚しく闇夜に消えていった。
命令とは、すなわち逃げである。
全速力で夜の街を駆け抜ける。
時間が経つ毎に痛みを増す横っ腹も、足を前に出す度に捲れ上がるスカートも構ってなんかいられない。一刻も早く家に帰らなければ、それしか頭になかった。
「はぁっはぁっ」
酸素を取り入れようと口を開けるも呼吸をすると肺が押しつぶされたような痛みを伴う。
それでも私は足を止めることなく鞄を振り回しながら走った。
どれくらい走ったのかもわからない。随分走ったような気もするけれど、日頃から運動を怠けている私の足のことだ、それ程進んでいない可能性もある。
体はちゃんと道を記憶していて、こんな状態でも、考えなくても体が勝手に家への方へと動いてくれる。
しかし私は忘れていたのだ。
私にとって通い慣れたこの道が、桐原君にとってもまた慣れた道であるということを。
―キキーッ
突如鳴り響いたブレーキ音。
それと同時に、私を追い越し道を塞ぐように停止した自転車。
そして真っ直ぐ私を見つめるその瞳。
「っはぁー。やっと追いついた」
自転車に跨ったままハンドルに腕を預け、乱れた息を整えながら緩い笑みを湛える彼は。
「きりっはら、くんっ」
息も絶え絶えに名前を呼べば、彼は困ったように小さく笑った。
「矢部から聞いて急いで追い掛けたんだけど……。春日原さんが素直に通学路を走ってくれてて助かったよ」