たとえばそれが始まりだったとして
「俺はさ、やっぱり不安だよ。例えばいくらお互いが想い合ってたとしても、付き合ってないってなったら、俺たちは兎も角周りはそうは思わない。付き合うってことは、自分たちや周りのひとに気持ちを知らせるって意味もあると思うんだ。
それにさ、俺たちの関係を聞かれて恋人ですって言えないのは、寂しくない? 俺は堂々と春日原さんが彼女だって言いたいけど。そうじゃなかったら、俺は春日原さんが誰かのものになるんじゃないかって冷や冷やしちゃう。こんな言い方はあれだけど、お互いを縛るって意味でも、やっぱり形式は必要なんじゃないかな。
そりゃあ形式だけのカップルもいるかもしれないけど、俺たちは違うでしょ? ちゃんと気持ちがある。俺は春日原さんが好き」
言い終えると、桐原君は優しく私を抱きしめる。
色んな気持ちが沸き上がってきて、視界が滲む。漏れそうになる嗚咽を噛み殺して、私も自分の気持ちを口にした。
「ね? 俺たちは、大丈夫だよ」
頭の上でクスッと笑う気配がした。
嬉しくて、嬉しくて、
「別れたく、ないよぅっ」
けれど付きまとうのはいつか離れる時の恐怖で。
行かないで、そう願って私は桐原君にしがみついた。
「え、春日原さん? なに、付き合って僅か数分で別れ話!? てか俺だって別れたくないんだけど」
「別れ、ないでっ」
「別れないよ? 別れるわけないじゃん。せっかく手に入ったっていうのに……」
私たちはしばらくの間無言でお互いの体をきつく抱きしめていた。
「……春日原さん」
沈黙の間を縫って桐原君が落ち着いた声音で語りかけてくる。
「俺だって、怖いよ。いつ春日原さんに愛想尽かされるんじゃないかって、そればっかり考えると思う」
「そんなことっ」
「うん、だからね、俺も同じなんだよ。今、確かに春日原さんが好きで、この先嫌いになることなんてないと思ってる。でも、俺はまだ子供で、この先どうなるかわからないから、絶対なんて、軽々しくは言えないんだ。ずるいけど、保証は出来ない。けどね、そうであったらいいなとは、思うんだよ。春日原さんとずっと一緒にいられたらって、そう思う。こんな俺じゃあ、信じられないかな?」