たとえばそれが始まりだったとして


これまでの不安が風で吹き飛ばされたようにさぁーっと霧散していく。本当に、桐原君はすごい。

「……ううん、充分だよっ」

止まったはずの涙が、再び涙腺を通って溢れてくる。
ああ、また桐原君のワイシャツを濡らしてしまった。悪いと思いつつも私の涙が桐原君のワイシャツに染みを作っているということにちょっぴり嬉しさを感じる私はいよいよ末期かもしれない。

「……じゃあさ、付き合ったからには、もういいよね」

「え、桐原く……っ!?」

顔を上げたその瞬間、言葉は唇に呑み込まれた。
触れるだけのそれは私の唇に熱を残したまますぐに離れた。

「書換完了」

満足そうな顔を浮かべる桐原君を見上げ、私は口をぱくぱくさせた。

い、いま……! なにをっ……!
柔らかかった! ふにゃって!

「眞鍋のあれはなかったことにしてね。今のがお互いファーストってことで。って春日原さん顔真っ赤」

「なっだって桐原君が……って、え、ファースト?」

「うん、そうだよ? ちなみに付き合うのもこれが初めて」

「ええっ嘘っ」

「こんなとこで嘘吐いてどうするの。本当だよ。中学の時は部活一色だったしね」

なんと、意外な事実発覚だ。
……へへへ、嬉しいかも。

「帰ろっか。ちょっと遅くなっちゃったけど、春日原さん大丈夫?」

「うん、遅くなるってメールしておいたから。それに今の時間じゃ誰もいないと思うし」

お姉ちゃんは和巳さんのところだし、お母さんも今日は出掛けているはずだ。
桐原君が何か言いたそうにしていたけど、気付かないふりをした。

それから、自転車に乗せて送るという桐原君のお言葉に甘えて、私たちは夜風をきりながら帰路に着いた。



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