たとえばそれが始まりだったとして
彼女は俺に対し失礼だと思ったから別れを選んだと言ったけど、俺からしたらそんなの罪悪感から解放されたいが為の言い訳にしか聞こえなかった。俺のためを思うなら、他に好きな人ができたと、そう言ってくれた方がどれだけ楽か。律儀に真実を告げる彼女の真面目さが、この時ばかりは恨めしかった。
同時に俺も結局は自分を正当化するだけの弱い人間なのだと思い知った。
彼女が俺に話したということは、彼女のなかで意思は固まっているという事。それがわかっていたから、俺は別れを受け入れるしかなかった。
「頑張って」そう言ったのは男の意地。それ以上の言葉を掛けてあげなかったのは、プライドを傷付けられたという思いがあったから。でも、彼女の恋が叶えばいいと思ったのは本当だ。
だけど俺のたったひとつの願いすら、神様は叶えてくれなかった。
「好きな子がいるから……ごめん」
終業式の日、偶然見てしまった彼女の告白は、相手の男のそんな一言で無残に散った。
涙を流し走り去る彼女の背中に見向きもせずに彼はそっとその場を後にした。
可愛い子から告白されたら、たとえ知らない子だとしても男だったらちょっとは嬉しいものなんじゃないのか? 彼は喜ぶどころか始終無表情で告白を聞いていた。断る時でさえ動揺した様子はなく、その態度が彼女に対し一ミリも心が動いていないように思えて俺は何故か悔しくなった。
人生初の、大きな敗北感だった。
敗北感の後に芽生えたのは、男に対する興味。それは俺の観察が始まる瞬間だった。
彼とはクラスも部活も違うため接点はひとつもない。にも拘わらず顔を見ただけで名前がわかったのは、もともと彼の存在を知っていたからだ。というのも、彼は学年の間でそこそこ有名であった。
それなりにネットワークの広い俺は、彼についてあらゆる人間に聞いてみた。もちろん、さり気なく会話の一端として不自然でないように。彼に対する批評はどれも似たり寄ったりだった。女子は格好良いやら優しいやらそんなものばかりで、男子からも疎まれている様子はなく、口を揃えていい奴だと言ってくる始末だ。