たとえばそれが始まりだったとして
経過―翌日―
次の日。
さすがに二日連続で寝坊はしなかった。絶好調なまーくんの声に迎えられて私の一日が始まる。
誰もいない家で、いつものように支度をし、ご飯を食べ、いつものように家を出る。
「春日原さん! おはよう!」
ばたん! 反射的にドアを閉めた。
な、なんだ今の!
見たこともないような爽やかな笑顔が立っていた気がする。
いやいやいや、見覚えがないんじゃなくて、むしろ昨日嫌でも頭に植えつけられた記憶のひとつと一致するんだけども。
まさかね。
いくら忘れられないからって家の玄関先に幻覚を見ちゃうってどうよ。
ドアノブを握りしめたまま額には冷や汗が浮かぶ。暦は五月、外の空気を浴びたくらいで汗なんてかく季節じゃないんですけど。
いつまでもこうしてても仕方がない。
開けたくないなーと内心思いながらも覚悟を決め恐る恐るドアを開ける。
「あ、出てきた」
そこには、一分前と変わらぬ爽やかな笑顔が澄みきった空を背景に咲いていた。
空と同化しちゃうんじゃないのってくらい爽やかな彼は。
「桐原君……」
言いたいことが山ほどあるけど、もう、なんかね、いいや。
「おはヨウございマス」
「なんで片言!? 春日原さんて朝弱いの?」
彼、桐原君の発言を軽くスルーして私は鍵を閉め鞄にしまう。
再び桐原君のほうに目をやると、なんだか心配そうにこちらを見ていた。
その理由がわからなくて首を傾げる。
「桐原君……?」
「具合、大丈夫?」
「は?」
「実は昨日、放課後部活行く前にさ、ちょっと春日原さんの顔みたくなって教室行ったんだけどね、その時に遠藤と玖上……だっけ? ふたりに春日原さんが早退したって聞いたんだよ」
あー、なるほど。
玖上と聞いて一瞬ピンとこなかったけど、玖上はみーこの名字だ。本名は玖上都子。みやこだからみーこ。ちなみに遠藤の下の名前は成美。
にしてもさ桐原君よ。
顔が見たくなったって、んな恥ずかしいこと本人目の前によく言えるな。
「春日原さん大丈夫?」
「あー、大丈夫ですよ。ばりばり元気なんで。心配してくれてありがとね」