たとえばそれが始まりだったとして
「いつもは、自転車だよ。たまにバスも使うかな。寝坊した時とか。今日は、歩いて来た」
苦笑いをする桐原君。
私はやっぱり、とため息を零す。
「なんで歩いて来たの? あたしの家に寄るんだって、そこまで自転車で来ればいいじゃん。帰りのことだってあるんだから」
桐原君はちらりと私を見た後、弱々しくも言ってくれた。
「だって、さ。もし俺が自転車抱えて家の前にいたらどう? 一緒に行ってくれた? 俺、春日原さんに“自転車あるんだから先に学校行けば”って言われるのが恐くて……。歩きで来ればさ、無理矢理にでも一緒に行くしかないじゃん。ごめんな、こんな春日原さんの良心利用するみたいなことして」
しゅんとうなだれる桐原君。
なんてことだ。
言葉が出なかった。
どんだけピュアボーイなんだよ桐原君!
てかね、べつに自転車抱えてきたって追い返したりしないから。
そんな風に思われてたことがショックだよ。
「そうそう、これも遠藤さん達に聞いたの。“小春はいつも徒歩通だけど”って。あと、今日はバスで帰るから心配しなくても大丈夫だからね」
ヤバい。
私今絶対顔赤い。
桐原君が前を向いて話してるおかげで気付かれずにすんでるけど。
桐原君が『小春』って言った瞬間、心臓が飛び出るかと思った。
名前を呼ばれたんじゃなくて、何気なく遠藤の言った事を口にしたんだってわかってるけど、私には威力満点でした。
私のこと下の名前で呼ぶのは家族と友達くらいだもんね。
あー、びっくりしたよもう。
「――い?」
「え?」
桐原君が何か訊いてきたみたいだった。ごめんなさい聞いてませんでした。ちょいと心臓の相手をしていてね。
「だから、さ。明日から、一緒に学校行かない?」
「へっ」
「俺、もっと春日原さんのこと知りたい。春日原さんともっと色んな話したい。だから、時間がほしい」
そう言う桐原君の目は、昨日と同じですごく真剣だった。本気なんだって伝わってきた。