たとえばそれが始まりだったとして
沸き上がってくる苛立ちに、それでも俺は冷静を努めた。
「違う。教室覗いたら、友達に囲まれて泣いてたんだよ。周りの奴ら注目してるのにも気づかないで涙垂れ流して」
ついさっき隣の教室で目撃した場面が離れない。遠目だったけど、顔を真っ赤にしてつらそうに涙を流す彼女を見て、情けないことに身体が動かなかった。そんな彼女一秒だって見ていたくなかったのに。
本当は、すぐにでも彼女のところに行ってどうしたって涙を拭って抱きしめてあげたかった。けど。
「なに、修一ってば愛しの彼女の泣き顔見て“やべー今すぐ押し倒してー。俺の手でもっと泣かしてやりてー”とか思ったわけだ。それでこれ以上いたらヤバいからって戻って来たんだね」
「黙れこのドS女たらしが」
ひとり納得しているヒロに無言で睨みを利かす。こいつには効果ないってわかってるけど。
「否定しないんだ?」
案の定こいつはどこ吹く風でニヤニヤ心底楽しそうに言いやがる。マジでムカつく。
「お前と一緒にするな」
俺は好きな子には笑っててほしいんだ。彼女の泣き顔を見て胸が痛かった。胸が痛いとか、ヒロの女々しい発言を肯定するようで癪だけど。
「で、彼女、なんで泣いてたの」
「知るかよ。でも……俺のせいかも」
ヒロがどういうことだと目だけで先を促してくる。投げやりなようで、こいつはちゃんと話聞いてくれるんだよな。けどさ、俺だってショックが抜け切れてないのにそれをひとに話すって結構酷なんだよ。
俺の心中を知らないヒロは早く言えといわんばかりににっこりと笑う。いや、黒いから。
「……聞こえたんだよ、彼女が泣きながら友達に話してるのが。はっきりとは聞き取れなかったけど、何度か俺の名前が出てきてた」
「なるほど。彼女が涙ぐみながら自分の名前を呼ぶ声に不覚にも欲じょ」
「だから黙れ」
ほんっとにこいつは!
だけど、彼女が泣いたのは、本当に俺のせいかもしれない。
少なくとも俺が関係してることは確かなわけで。
「嫌、だったのかな」