たとえばそれが始まりだったとして
桐原君は丁寧に相槌をうってくれて、時々隣からクスクスと笑い声が聴こえては、私は幸せな気分になった。
桐原君が家族のことを詳しく話してくれたのに対し、私はほとんどその話題に触れなかった。何か突っ込まれるかな、と思ったけど桐原君は特に何も訊いてこなくて正直ほっとした。
そんなこんなで、私達はお互いのことをほんの少し知ることが出来たのだった。
「じゃあ、ここで。またね春日原さん」
「うん、またね桐原君」
恒例になった桐原君のお見送り。
今日も桐原君の後ろ姿を見届けて校舎へと向かう……はずだった。
だけど私が歩き出そうとしたちょうどその時、部室棟へ足を進める桐原君が急に足を止めてこちらを振り返ったため自然と私も動きを止める。
ここ一週間でそれは初めてのことだったから、どうしたのだろうと私は桐原君を見つめた。
「春日原さん!」
「ん、なに、桐原君?」
「えっと、あの」
「?」
「なんでもない! やっぱいいや。また!」
そう言うや否や桐原君は足早に去っていった。
「なんだ?」
怪訝に思いながらも、考えたところでわかる事ではないと無理矢理自分を納得させ、私も足を動かした。
教室に入ると、遠藤とみーこはまだ来てないみたいだった。
席に着いて鞄の整理をしていると、目の前にチェックのスカートが視界に入って私は顔を上げた。
「おはよう、小春ちゃん」
同じクラスの女の子だった。
「おはよう」
挨拶を返すけど、話しかけられた理由が謎だ。あまり話したことのない子に突然話しかけられると悪気はなくともつい身構えてしまう。
「あの、小春ちゃんてさ、三組の桐原君と付き合ってるの?」
「え?」
「今日一緒に学校来てたよね。並んで校門入ってくの見えたんだ」
「付き合って、ないよ。桐原君は友達だから」
「そっかぁ。そうだよね。ありがと!」
お礼を言うと笑顔でぱたぱたと去って行った。
まさか告白されましたとは言えず、胸の痛みに気付かないふりをしてぼうっとその子を目で追った。