たとえばそれが始まりだったとして


◇◆◇


「フーフーフンー」

「ご機嫌だね、ハル」

「おうさ! 一日限定一個の特製粒あんぱん! 苦労しておばちゃんと仲良くなった甲斐があったよー。特別にとっておいてくれるなんて、おばちゃんいい人だなあ」

「そりゃあほとんど毎日通って行くたんびにあんぱん買ってればねえ」

「他の生徒そっちのけでおばちゃんと話し込んじゃうんだもん。顔覚えられて当たり前だよねー」

「でへへ、待ってろう、あんぱん! すぐに食べてあげるからね!」

購買からの帰り道、ルンルン気分で廊下を歩く。目指す教室は目の前だ。

やっとこさ教室の前まで来て、なかに入ろうとドアに手をかけたその時だった。

「春日原、小春さん!」

聞き慣れない声に名前を呼ばれ手が止まる。

「はい……?」

声のした方を見ると、長身の男子生徒と目が合った。声の主はこの男子生徒か。
後ろにいるみーこと遠藤も何事かと男子生徒A君(仮)を見ている。

「あのっ、今ちょっといいかな?」

「え、今、ですか」

A君(仮)はちょっと挙動不審だ。目を泳がせてそわそわしている。
えー、ぶっちゃけ断りたい。
なんかこの人怪しいし。
てか早くあんぱん食べたいし。

「すぐ、なんだけど……。ダメかな?」

私が返事を渋っていると、それを拒否と受け取ったのか、A君(仮)は目尻を下げて、悲しそうに俯いた。
そんな反応されたら断れないじゃないか!

「わ、わかりました。行きます! 行きますから!」

私は買ったあんぱんズを無理やり遠藤に預けると、勢いよくA君(仮)に向き直ってその背を押す。

「さっさと行きましょう!」

A君(仮)がえ、とかあ、とか言って戸惑ってるのがわかったけど、気にせず進み続けた。

ちらっと振り返ってみたら、両手にぱんを抱えていまだ呆然としている遠藤と、ぽかんと口を空けているみーこが目に映った。

遠藤の持っているあんぱんに一瞬気を奪われそうになって、首を振る。振り切るようにまた前へと足を踏み出した。

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