たとえばそれが始まりだったとして
愕然とした。なんてことだ。
二週間以上登校をともにしておいて番号もアドレスも知らないなんて。その発想に行き着かなかったのは、今まで特に必要を感じることがなかったせいか。俺も彼女も時間にルーズなほうではないから、例えば朝遅れるという連絡を取ることもなかった。学校ではクラスは隣だし、そもそも接触自体がない。俺と彼女の繋がりは、本当に朝の三十分だけなのだとまざまざと思い知らされた。
現代日本、高校生事情において、携帯がどれだけ重要視されているかなんて関係ない。百聞は一見に如かず、電話やメールより会って顔を見ながら話したほうがお互いを知る手段としてはいいと思っている。だけどやっぱり彼女のことだから知りたい気持ちもあって。
今更になって気付いた事実。知らないということがショックだった。
「仕方ないわね」
おもむろに自身のものとおぼしき携帯を取り出す遠藤。
見かねた俺に、フッと口角をあげ、一言。
「じゃあ教えてあげるわ」
遠藤の後ろに黄金の光が見えた。
「登録完了っと」
画面には『春日原小春』の文字。
自分の携帯に好きな子の名前が入っているのが、こうも嬉しいものだとは。画面を見てニヤニヤする女子の気持ちがわかった気がする。
「顔、きもい」
「遠藤……、桐原君は嬉しいんだよ。ね?」
「うん。ありがとうな」
遠藤のきもい発言も今はどうってことない。嬉しくて笑うのは自然の摂理だ。むしろ毎度遠藤のフォローをしなければならない玖上にそっと同情。
「でもね桐原君、だからってあんまりたくさんメールとかしないでね?」
申し訳なさそうに窺うように俺に笑いかける玖上。
番号とアドレスを教えておいて電話もメールも控えろとは拷問に近いんじゃないだろうか。
そんなつもりはないのだが無意識に不満が顔に出ていたのか、玖上は視線をさまよわせながら取り繕ったように言葉を続けた。
「あ、あの、意地悪とかじゃなくてね! ハル、メールとか慣れてなくって、携帯弄り始めるとそれ以外手に着かなくなっちゃうから。今日提出の課題があったんだけどね、ハルったら昨日メール終わってから始めたらしくて。それで昨日寝たの遅かったみたい」