たとえばそれが始まりだったとして
名前を呼ばれた人物は、食べかけていた弁当からゆっくりと静かに俺に視線を動かした。真っ黒な瞳には、緊張した面持ちで唇を閉じじっとこちらを見つめる自分が映っていた。
「メールの相手って、だれ?」
まさに恐る恐るといった声音で問う俺を、遠藤は無表情に見返してくる。
「知ってどうするの?」
予想だにしない言葉に一瞬、口を噤む。だけど、“知ってどうするのか”なんてそんなのは愚問だ。
「べつに、どうもしない。ただ、知りたいだけだ」
遠藤の白い肌、その眉間にしわが寄る。
「どうもしないなら知る必要はないんじゃないの?」
紡ぎ出される言葉はいつになく冷ややかだ。
「いや、必要はある。……俺もいい加減、決めなきゃいけないから」
俺の考えを見透かそうと、遠藤は臆することなく瞳を覗き込んでくる。思わず視線を外しそうになるが、それでは駄目だと本能が告げる。黙って見つめ返した。
沈黙が俺たちの周囲にだけ佇んでいた。先ほどまでマシンガントークを繰り広げていた玖上もいつの間にか口を閉じ、事の成り行きを見守っているようだった。俺と遠藤を交互に見やる姿が視界の端に映っている。
ガヤガヤという教室内の話し声や雑音が、鼓膜で遮られたかのように遠く聴こえた。
いつまで続くのだろうと沈黙に限界を感じた時、ふいに遠藤が視線を外したかと思ったら、盛大なため息を吐いた。
「ったく、なんなのよ」
疲労を纏い力の抜けた遠藤の声。
俺は困惑するしかない。
自身を見つめる視線に気づいた遠藤の目が再び俺を捉え、俺は無意識に居住まいを正す。
「桐原。教えるけど、あんた小春が好きならちゃんと考えなさいよね。口出しはしないつもりだけど、あの子を急かすような事だけは止めて頂戴」
俺は無言で首を振る。
無論縦に。
それを見届けた遠藤は、仕方無しといった風にゆっくりと口を開いた。
「マナベヨシヨキよ。あんたが気にしてる小春のメール相手。同じクラスだから知ってるでしょう」
総じて、嫌な予感というのは当たるものなのだと、誰かが笑った気がした。