たとえばそれが始まりだったとして
◇◆◇
すっかり日も暮れ、夕闇が校舎を染め上げる。練習が終わり、人も疎らになったグラウンドはどこか物淋しさを感じる。
「じゃあなー、桐原!」
「おう!」
部員の奴らと適当に挨拶を交わし自転車を取りに行くため部室裏の駐輪場へと足を向けた。一般生徒用に駐輪場があるにはあるが、部活に所属している生徒が部活後にスムーズに帰れるように、部室棟の裏に小さく設けられているのだ。俺も遠慮なく使わせてもらっている。
歩きながら、鞄から携帯を取り出してメールの確認をした。新着メールは全部で三件。うち二件はメルマガだった。そして残りの一件。表示された名前に目を疑った。まさかと思いつつも、期待している自分がいて、思い切ってメールを開いた。
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差出人:春日原 小春
件 名:部活お疲れ様です
本 文:
いきなりメールしてごめんね。遠藤達から昼休みに来てくれたって聞きました。ちょっと寝不足で……。心配かけちゃったみたいでごめんなさい。でもこのメールを送ったら寝るつもりなので安心してください。
ありがとうね。
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足を止め、画面を凝視する。
携帯を持つ手が歓喜で震えた。
敬語が妙に可愛らしい。絵文字等は一切なく本当に句読点のみだ。受信時刻は五時五分。家に着いてから送ったのだろう。今頃きっと夢の中だ。このメールを作成している間は俺の事を考えてくれているのだと思うと、どうしよう、顔がにやける。
しばらくの間、携帯を握りしめ彼女からのメールを噛み締めていると、
「よっ桐原! 駐輪場行くんだろ? 俺も付き合うぜ……ってお前なに固まってんの?」
ふいに後ろから誰かが駆け足で近付いて来たと思ったら、俺の名前を呼んだそいつは立ち止まっている俺を訝しんで顔を覗き込むが、俺の表情を見た途端その顔が引きつる。
同じサッカー部の、名前は矢部。
「なっ、お前……」
矢部は俺を指差したまま数歩後ずさる。口をぱくぱくと開閉させるばかりで言葉になっていない。
俺は黙って矢部を見ていたが、やがて矢部は俺の手にある携帯に気付くと何かを察したらしく慎重にその口を開いた。
「桐原、彼女でも出来たのか?」