たとえばそれが始まりだったとして
「い……やぁ、今のは独り言だ! 気にするな!」
それなら俺を帰してくれないかな。
駐輪場に着いたはいいものの、矢部が口を開きっ放しで帰るタイミングを失った。俺たち以外に人はいないが、自転車が数台停まっているのでまだ残っている生徒がいるようだ。おそらくテニス部だろう。先ほどグラウンド整備している時テニスコートに人がいるのが見えた。お疲れ様だな。そのテニス部も時期に此処に来る。その時矢部がこの話題を口にしているのはまずい。
「矢部、俺は帰る。お前も帰れ」
矢部が何か言う前にスタンドを上げ素早く自転車を押す。矢部の声が聞こえないのでこのまま順調に駐輪場から離れられると安心した時。
「あれ、桐原?」
矢部ではないその自分を呼ぶ声に、俺は固まった。
「やっぱり、桐原だよね。今帰り? 偶然だね、俺もさっき終わったところ」
振り返れば案の定、今最も会いたくない人物が部室棟の照明に照らされて悠然とそこに立っていた。
「わざわざ話しかけてくるなんて、何か用か? ……眞鍋」
だから早く帰りたかったのに、と後悔してももう遅い。逃げられないのなら、腹を括ろうじゃないか。
「“何か用か”なんて訊かなくてもわかってるんでしょう?」
笑みを浮かべてはいるが、言葉の端端に棘を感じるし、敵意を隠そうともしない鋭い眼差しが俺を嫌悪している事を十二分に表している。
眞鍋が彼女を想っているなら、彼女と一緒に登校している俺の気持ちにも当然気付いているだろうし、自分の好きな子と登校している男がいたら良く思うはずがない。俺だって眞鍋と彼女が仲良く登校して来たなんて知ったら間違いなく深く眞鍋に嫉妬する。
まあ、いくら恋敵とはいえそこまであからさまにしなくてもいいだろうとは思うけれど。
「眞鍋が俺に用があるとは思えないんだけど」
彼女が好きなら俺なんかに構ってないで直接彼女と関わるべきだ。
「春日原小春ちゃん」
当惑する俺を愉しそうに眺めながら笑みを深くすると眞鍋は決定的な言葉を放った。
「俺、近いうちに小春ちゃんに言うから」