たとえばそれが始まりだったとして
A君(仮)を押し込んだのは、屋上手前の階段の踊場。
屋上が解放厳禁なのは生徒なら誰しも知る事実で、ここはその屋上へ行く時にしか使用しない階段だから必然的に人は寄り付かなくなる。常に人気のないこの場所はちょっとした穴場だったりする。
「で、何用ですか」
ひとつ息を吐いて、じっとりとA君(仮)を見据える。
我ながら刺々しい言い方だなぁとちょっぴり申し訳なくなったけど、楽しみにしていたあんぱんを先延ばしにされてこっちも穏やかではいられないのだから仕方ない。
「ごめん、な。なんか」
困ったように笑うA君(仮)。
あ、笑うと可愛い。
ってそうじゃなくて。
「俺、三組の桐原修一。春日原小春さん、だよね。敬語やめない? タメなんだしさ」
A君(仮)……じゃなくて、桐原君はそう言って照れたように後ろ頭をかいた。
今の会話のどこに照れる要素があったのだろう。
「うん、わかった。敬語やめる。それで桐原君は何故にあたしを?」
早くあんぱんにありつきたい故、早口になる。
怒っているわけではないんだけど、そう聞こえてしまったのかもしれない。桐原君は躊躇うように口を噤む。
桐原君の曖昧な態度に、くどいようだけどあんぱんしか頭にない私は、だんだんとイライラが募っていく。もう待てない、と口を開こうとした時だった。
「俺、ずっと前から春日原さんのこと好きでした。よかったら付き合ってください!」
勢いに乗せてばっと頭を下げる桐原君。
告、白だよね。
その瞬間、すーと自分の中でなにかが冷めていくのを感じた。
イライラもあんぱんも何処かに吹き飛んで、冷静な頭でただ目の前の男子を見つめる。
「桐原君、だっけ。ごめん、無理」
ぴくっと桐原君の身体が反応する。
ゆっくりと上げられた顔は、複雑そうに歪んでいた。
「理由、聞いてもいい?」
「理由っていうか……。あたし誰とも付き合う気ないし。逆に訊くけど、桐原君はなんであたしと付き合いたいの?」
「好きだからだよ」
即答だった。息をする間もないくらい。
てか、どこが好きなのって意味だったんだけど、桐原君はなかなか素直なようだ。