たとえばそれが始まりだったとして
「俺はあんま好きじゃないかな。小さい頃はよく、長靴で水たまりに飛び込んで遊んだりわざと雨に濡れたりしてはしゃいでたけどね。サッカー始めてからは、ちょっと嫌いになった。地面がぬかるむからね、雨イコールサッカーできない、みたいな考えが今でもあるんだろうね」
遠い目をして語る桐原君。幼少時代を思い出してるのだろう。
「ふふっ」
小さい頃からサッカー好きだったんだなあ。どこまでもサッカー思考な桐原君が可愛く思えた。
「だから雨の日はちょっとだけ憂鬱なんだよね」
言葉とは裏腹に、桐原君は憂鬱を感じさせない笑みを浮かべた。
「あたしも。ちっちゃい頃は雨の日ってなんか特別に思えたんだよね。傘も合羽も長靴も雨の日だけの特権だもん。でも、今は湿気で髪が広がるのを気にしたり行動が不便とか思ったり。嫌いってわけじゃないけど、なんとなく気分が乗らないんだよね」
「わかるわかる。子供の頃は純粋に楽しみだったのにね」
「うん、なんか、物凄く年をとった気分」
「そういえば、千夏も今朝は喜んでたなあ。この間親に新しいピンク色の傘買ってもらったんだけど、ついに出番が来たんだーってはしゃいでた。クラスの子に自慢するんだって張り切ってたよ」
その時の光景を思い出したのか、クスクス笑う桐原君。お兄ちゃんの顔だ。
「ちぃちゃん可愛いね」
私もまだ見ぬちぃちゃんを想うと自然と頬が緩む。
「それにあてられて弟もデレデレでさ、笑顔で学校行ったよ」
相変わらずちぃちゃんは愛されてるな。ちぃちゃん溺愛の弟くんにも是非お目にかかりたい。
二人ともまず間違いなく可愛いだろう。
「あはは、桐原君のお家は今日もにぎやかだね」
桐原家の朝の一時を想像する。
きっとそれは、とてもとても幸せな光景で。
私も嬉しいんだ。
自分の身近にこんなにも仲の良い家族がいることが。
だから間違っても、妬むなんてこと、しちゃいけない。ましてや自分の家族と比べるなんて。
「――春日原さん?」
声の先には、彼がいる。