たとえばそれが始まりだったとして


私が急に黙ったから心配してるんだろう。
でも、私が今何を思っているのか、悟られるわけにはいかないから。ずるいと言われても、私は誤魔化す。

「桐原兄弟はシスコンなんだね」

にやっと笑ってそう言えば、桐原君は面食らったような顔になった。だけどそれは一瞬で、みるみるうちに顔が赤くなっていく。

「あ、あの、春日原さん」

私の一言で面白いように慌てふためく桐原家の長男。その反応が余計私を楽しませてることに、多分彼は気づいていない。

「べ、べつに俺はね、そういうんじゃ、ないと思うんだよ」

可愛いなあ。

というか、今まで散々弟くんやちぃちゃんについて語ってたのに、今更否定したところで説得力の欠片もないよ桐原君。

「べつに恥ずかしがることじゃないよ、桐原君。むしろ兄弟を大切にするのはいいことだよ。だからね、堂々と言えばいいよ、俺はシスコンですって! あ、ブラコンでもあるのか」

「春日原さん」

桐原君今日は気分の浮き沈みが激しいな。

「春日原さん、あのね」

「なに、お兄ちゃん?」

「もう完全に楽しんでるよね春日原さん」

あぁーと片手で顔を覆いうなだれる桐原君。でもおかしくてずっと私が笑っていると、仕方ないなあという風に笑ってみせるんだ。


いつの間にか、和やかになっていた心。
桐原君は知らない。
雨の憂鬱も、行き場のない気持ちも、桐原君の笑顔で、すごくすごく救われているんだってこと。桐原君の隣が、私を落ち着かせてるんだって。

それを口にしたら、桐原君はいったいどんな反応をするんだろうね。
想像するのも楽しいけど、やっぱり現実で見てみたい。

そう思った時だった。

――がたんっ


「うわっ」

予期せずしてバスが揺れた。
何事かと窓を見るとゆっくりと流れ出す景色。それと車内に流れるアナウンス。なるほど、どこかのバス停に停車していたバスがたった今発進したらしい。雰囲気に浸っていたため無意識に手すりを掴む手が緩んでいたようだ。だからバランスが崩れて――。

「?」

確かにフラついたけど、転んでいない。そうだ、揺れた瞬間何かに引き寄せられて……。

「大丈夫?」

「え?」


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