たとえばそれが始まりだったとして
顔を上げると同時に目に飛び込んで来たのは、極限までズームされた……顔。
「!?」
とっさに身を引こうとするも、なにやら腰が固定されていて動けない。
やばい。
顔が熱い。
わかるよ、状況からしておそらく、ぼうっとしていた私が発車の揺れにバランスを崩して、それを隣にいた桐原君が支えてくれとか、そういう事なんだよね。
だけどさ、これは、ね。
助けてもらっておいて言えることじゃないけど、さ。
「あ、あの、きき桐原君。あ、ありがとう。もう、大丈夫だからね。その、て、手を」
なるべく桐原君を見ないように。
「……うん」
すると離れる温かさ。
それにほっと安心する。
さすがにあの体勢は照れる。だって、がっしり腰に腕をまわされて、桐原君に体を委ねるように立っていた私は、傍からは抱きしめられている風に見える事だろう。
すかさず両手で手すりを握りしめる。
そして顔の火照りがとれないまま、桐原君の様子をちらっと覗き見ると。
……。
そんなあからさまに名残惜しそうにしないでください。恥ずかしいのはこっちだから!
なんとも言えぬ空気が広がった。
「あれー、修一じゃん!」
「ほんとだ。おはよう!」
近くから聞こえた、高い声。
私と桐原君が振り返ると、そこにはうちの高校の制服を着た女の子が二人立っていた。
「あ、おはよう」
のんびり笑顔で返す桐原君。
桐原君と知り合いなのかな。私の知らない子だから桐原君と同じクラスの子かもしれない。
短いスカートからのぞく足はすらりと細く、顔にはうっすら化粧をしていて。雨だっていうのに、髪もまとまっていて、いまどきの女子高生って感じだ。遠藤やみーこ属性の人達、要するに可愛いってことだ。
なんて、私が女の子たちを観察している間も、桐原君は彼女たちと楽しげに談笑していて。ちょっぴり疎外感。まるで私なんかこの場にいないみたい。
「つまんないなー」
ぽつりと呟いても、それが私以外の耳に届くことはない。