たとえばそれが始まりだったとして
◇◆◇
「一緒に帰る約束を、ねえ。それで朝から顔が緩みっぱなしだったわけか」
購買へ行く途中、嬉々として今朝彼女と帰る約束をした旨をヒロに報告したら、そんな事かと一蹴された。
「部活が出来ないから嫌だったけど、こうして一緒に帰れるんだから雨もたまには悪くないかな」
「現金なやつ」
何とでも言うがいいさ。
彼女と居れる時間が増えたんだ。喜ぶしかないだろう。
階段を下りて辿り着くと、購買には四、五人の生徒が群がっていた。
「あれ、珍しい。ほとんどがら空きじゃん」
「雨だからじゃない?」
「それはどんな理由だよ」
適当な事を言うヒロは置いといて、並ぶ時間は短いに越した事はない。足取りも軽く列に加わると、背後に気配を感じたのかふと前に並んでいた男子生徒が振り向いた。
「おっ桐原……と、確か三嶋君だよな! お前ら購買か? 寂しいねえ、こんな雨の日は彼女からの温かーい愛妻弁当が恋しいだろう」
偶然にも振り返った人物は見知った顔だった。
「矢部。そういえばお前彼女いたな」
「矢部君どうも、三嶋浩人です」
ニッコリと微笑んで馬鹿丁寧に挨拶するヒロに寒気をおぼえた。矢部は気付いていないのかヒロに向かってペラペラと世間話を始めた。フットワークが軽いというか、
……怖いもの知らずめ。
俺はヒロを見ないように人気のない廊下に視線を外した。
するとヒロと談笑していたはずの矢部が突如思い出したように話を振ってくる。
「あっそうだ! 今日の部活ミーティングだって、聞いたか?」
「え、自主練じゃないの?」
「いんや、さっきそこでキャプテンに会って言われたよ。何か用事あるのか?」
「用事、というか」
確実に今ヒロは俺を見てニヤニヤ笑っている。俺が困ってるのが楽しいに違いない。
「部活のスケジュール調整だけみたいだからすぐ終わると思うぜ?」
「そうか。それなら待っててもらおうかな」
気が引けるけれどせっかくの機会を棒に振りたくない。後で彼女にメールしてみよう。