たとえばそれが始まりだったとして
「何だ何だ? 例の“彼女”か?」
ニシシと嬉しそうに笑っているところ悪いが、矢部、その代名詞は全く意味がないぞ。ヒロは名前どころか矢部が知らない彼女との関係も知っているし、むしろ変に代名詞を使ったおかげで周囲に俺に彼女ができたなんて誤解を招きかねない。
げんなりしていると、離れた場所から矢部を呼ぶ声が廊下に響き、見ると二人の男子生徒がこちらを振り返り足を止めていた。矢部は俺たちに「じゃっ!」と一言言うや否や脱兎の如く走り去って行った。俺とヒロは呆然とそれを見ていた。
「……」
「……」
「修一に似て弄り甲斐のありそうな人だね」
「やめてくれ……」
さ、さて、変なのが居なくなった事だし、お昼ご飯調達と参りますか!
うちの高校の購買には、市販のパンやおにぎりの他に、市内にある中村パン屋のパンが並んでいる。昼休みに合わせて、毎日小型トラックで配達して来るのだ。味はそこそこだが値段がお手頃なので生徒には市販のものより人気がある。食べ盛りの学生には質より量。俺も中村パン屋にはわりとお世話になっている。今日は何にしようか。
パンを選んでいると目についたそれ。
『一日一個限定! 中村パン屋特製粒あんぱん!』
そこで、以前彼女が狙っていると言っていた事を思い出した。
よし、待たせてしまうお詫びにこれを買っていってあげようか。
◇◆◇
布越しで太ももに振動が伝わり、スカートのポケットに入っている携帯が着信を訴えた。
箸を置き携帯を取り出すと、サブディスプレイに流れる文字を目で追った。メールのようだ。早速開いて確認してみる。
「だれー?」
口をモグモグと動かしながらみーこが不思議そうに訊いてきた。遠藤も興味があるのかこちらを見ている。
なんとなく、気まずさを感じて私は無言で携帯を突き出した。