たとえばそれが始まりだったとして


◇◆◇


本日の授業、HRともに終了。
これからサッカー部のミーティングだ。彼女を待たせているので一分でも早く終わる事を祈り席を立つ。

「桐原ー!」

担任が教室を出るとほぼ同時、入れ替わるように教室に入って来た矢部は、高校生にもなってはずかしげもなく大声でひとの名前を叫んだ。

当然の事ながら、クラスにはまだほぼ全員が残っているわけで。そのうち九割五分の人間の注目を集めることとなった。一瞬静まり返った教室内で、この状況をつくった張本人は全くお構いなしで俺を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせた。
咄嗟に危機感をおぼえた俺は、周囲の視線を一身に受けながら既に教室に足を踏み入れている矢部の腕を掴み引きずるように廊下に出た。
途端に、壁を一枚隔てた向こうが音を取り戻す。

他のクラスは解散済みのようで、廊下に人気があるのが救いだった。

とりあえず、一言言いたい。

「矢部、お前なんなんだよ」

「いやあ、俺ミーティング何処でやるか言ってなかっただろ? 困ってると思って迎えに来てやったぞ!」

怒りを通り越し、もはや感心すらおぼえる。一ミリも悪いと思ってないところが凄い。飽くまでも親切心故の行動なのだろう。って余計たちが悪い。

「うんそうか、なるほどね。それはわざわざどうも」

「いやあ礼を言われるほどじゃないよ」

「でもな、矢部。べつにクラスでサッカー部が俺ひとりってわけじゃないんだから、お前が来なくてもクラスのやつに聞けば済む事だろう?」

「ま、いいじゃん。ミーティング、二階の空き教室だってよ。さっさと行こうぜ」

そう笑って身を翻し矢部は階段に向かって歩き始めた。俺はため息をひとつ吐き、矢部の後に続いた。
思い過ごしか、この前の帰り以来、妙に矢部がべたついて来る。もともと誰彼構わず絡んでいくやつだったが、最近の矢部はどうも異常に思えて仕方ない。


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