たとえばそれが始まりだったとして
口と目を大きく開いて眞鍋君を凝視する。眞鍋君は三日月型に口元を上げ嬉しそうに「正解」と言った。
いつかの朝、廊下でぶつかった時、私が鞄を落とした事に気付かぬまま教室に行こうとして、それを教えてくれた親切な人。あの時お近づきになりなくないというような印象を抱いた人。それがこの眞鍋君だったのだ。
「眞鍋君だったんだ」
「そう、鞄の人」
メール友達の眞鍋君と、あの日の鞄の人と、目の前で微笑んでいる眞鍋君。どれも同じ人だなんて信じられない。
あの時おちゃらけた雰囲気とか思ってごめんなさい。実は凄くいい人でした。本当に、人を見た目で判断するのはよくない。
「メール始めて何日か経つのに、あの日の話題が全然出て来ないからもしかしたらと思ってたんだけど。忘れてるんじゃなくて気付いてなかったんだね」
とっても失礼な事をしていたのに、眞鍋君は気分を害した様子もない。怒っていないみたいで安心した。
「ごめんね。あたし記憶力悪くて人の顔とか憶えるの苦手なんだ」
「いいよ、今日憶えてくれればそれで」
「うん、流石にもう大丈夫だと思うよ。ありがとう」
眞鍋君はやわらかく話す人だった。メールの時と実際に話した時の感じには多少違いがあるものだ。話し方だったり相槌だったり言葉と言葉の間だったり、もちろん話す時の表情だったり。そういうのが言葉に乗せられて“話す”という事になるわけで。いつもメールで交わす言葉に、こうして色をつけて交換出来るのが嬉しい。
ちょっとの時間だけど、直接話をする事が出来て良かった。
「あのね、眞鍋君。これから友達と帰る約束してるから、今日はこの辺で」
実は眞鍋君が来る直前、致命的なことに気付いてしまった。あろうことか、携帯を教室に置いてきてしまったのだ。そのため今が何時かわからない。ミーティングが終わって桐原君が教室に来ていたら申し訳ない。
もともと少しの時間という約束だったし、もう退散してもいいよね。
「じゃあまたね、眞鍋君。話せて良かったよ」
そう言って、眞鍋君の横を通り過ぎようとした時だった。