たとえばそれが始まりだったとして
「それからは、すぐだったよ。その男子生徒は、面白いくらい素直で分かりやすかったから。例えば廊下ですれ違う時、無意識なのかは知らないけど、必ず目で追っている女の子がいて。好きな女の子が誰かなんて知るのは、よく見てれば、実に簡単だったんだよ。その男子生徒がどれだけその女の子に惚れてるのかもわかった。それが男子生徒による完全な片思いだって事もね。俺は無性に腹が立って、思った。その女の子をとったら、そいつはいったいどんな表情をするんだ、ってね」
「っ眞鍋……!」
激情を堪え静かな怒りを宿した、声。
眞鍋君は笑っていて。桐原君は怒っていて。
私だけが一枚の大きな膜に覆われているみたいだった。
「だから、わざわざ煽ってあげたんだよ。わざと聴こえるように彼女の話をして、行動を起こさせた。少ししてから、見せつけるように俺も彼女と接触して、俺に気持ちを向かせるつもりだった。けど、ここで計算が狂った」
眞鍋君の瞳がゆっくり移動して、私を映す。そのまま、どこか楽しそうに、眞鍋君は言葉を続けた。
「その女の子は、俺を友達としか思ってなかったんだ。きっと色恋に疎いんだろうね。あんまり表立って動きたくなくて、メールだけの関わりになっちゃったけど、その女の子はあっさり俺を信用してくれた。それなのに告白は全然信じてくれなくて、気持ちが嘘って事も見抜かれた。面白い子だったよ」
そう言ってクスクスと笑う眞鍋君の顔が、やがて苦笑いに変わる。
「俺は、男子生徒じゃなくて、その女の子に負けたのかもしれないね。ひとの気持ちなんて、山の天気より変わりやすい。特に、恋とか愛なんてものは。仕方のない事なのかもしれないね」
言葉を切ると、その目が切なげに細められた。
その時私の頭を占めていたのは、目の前に佇む眞鍋君ではなく、話に出てきた眞鍋君の元カノさんでもなく、男子生徒でも女の子でもなく。今朝家で会ったその人だった。
「ま、そういうわけなんで。とりあえず、俺の気は済んだって事でOKだから。お遊びは終了」
そう言って、眞鍋君はぽんと手を合わせた。
「さて、俺は帰るとしますか」