たとえばそれが始まりだったとして


笑みを浮かべたまま私の横を通りすぎて行く。階段を二、三段下りた所で足音が一度止まり、

「あー、そうだ小春ちゃん。俺謝んなきゃ。“初めて”貰っちゃってゴメンね?」

ばっと後ろを振り返るも既に眞鍋君は階段を下りていて足音しか捉える事は適わなかった。

そして、嵐が過ぎ去った踊り場に残されたのは。

「……春日原さん」

「なに、桐原君?」

「……ごめんね」

「桐原君が謝る事じゃないと思うよ」

「うん、でも、ごめん」

眞鍋君は言った。『ひとの気持ちなんて、山の天気より変わりやすい』と。
それは、きっと正しい。私も、そう思ってた。周りのひとたちの恋愛を見て、恋が、愛が、どんなに儚いものなのか、分かってた。

はず、なのに。

「桐原君」

それなのに。どうしてだろう。
眞鍋君の言葉に、これほどまでに悲しくなるなんて――。

「春日原さん? ――えっ」

そうだ。悲しい。悲しいんだ。

「え、ちょっ、どうしたの!?」

だって、どんなに強く想っていても、いつかは変わってしまう。終わりが、ある。

「春日原さんっ、どっか痛い!? 大丈夫!?」

永遠なんて、ない。それが、どうしようもなく、悲しい。

「ふぇっ」

「――っ」

声を漏らした刹那、身体が何か温かいものに包まれた。
それが桐原君の腕だと気付くのに時間は掛からなくて、目を閉じて心地よい体温に身を預けた。嗚咽が雨にかき消される事を静かに祈って。

「桐原君っ」

「……うん?」

それはほとんど無意識だった。

「お姉ちゃんがっ彼氏さんと、喧嘩したのっ」

「……うん」

その腕が、あまりにも優しくて、

「それでっ今朝、お姉ちゃんが明日一緒に、出掛けようって」

気が付けば、私は不安をさらけ出していた。

「明日は、第四土曜日なのっ。第二と第四の土曜はね、お姉ちゃんと彼氏さんのお休みが重なる日なの。だから、その日は今までずっと二人で一緒に過ごしてたんだよ。なのにっ」

ぎゅっと、背中に回った腕が強くなる。

「お姉ちゃん、別れちゃったらどうしようっ」

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