たとえばそれが始まりだったとして


優しく、頭を撫でられた。

「……大丈夫」

「ひっ……ぅっ……」

「大丈夫。喧嘩なんて、仲直りするための布石みたいなもんだから。……大丈夫」

「うぅ……っ……」

桐原君は、『大丈夫』を繰り返しながら、何度も何度も頭を撫でてくれた。

ずっとずっと不安だった。お姉ちゃんのこと。
でも、私にはどうする事も出来なくて。考えないようにしていたけど、無理だった。そうやって蓄積された不安が、眞鍋君の話を聞いて爆発した。


どれくらい経ったのだろう。
流れていた涙も止まり、呼吸も落ち着いてきて、全身を包む温もりに浸り始めた頃。

「落ち着いた……?」

すっかり静かになった私に、桐原君が優しく声を掛ける。

「……うん」

涙のせいか鼻水のせいか、発した声は上擦っていた。
私の返答を聞くと、桐原君は頭と背中に回した腕をするりと外し、なんと腰を屈めて顔を覗き込んできた。

「……っ」

慌てて一歩後ずさり、両手で顔を隠した。だって、泣いたせいで絶対顔が赤い。可愛さの欠片もないくらいどこもかしこも真っ赤に決まってる。鼻水だって……!

それを肯定するかのように、未だ自由な聴覚が捉えたのは、クスクスという忍び笑いだった。

笑うほど不細工だったんだね。
見られたのなら隠す事はない。そう開き直って手を退けると、口に手を当て必死で笑いを堪えようとしているみたいだけどばっちり表情の緩んじゃってる桐原君に、恨めしげな視線を送ってあげた。

すると視線に気付いた桐原君は私に視線を止めたまま、その顔を数秒間固めた。声には出してないけどやべーって口が動いたの見ちゃったから。

「か、春日原さん?」

桐原君、言わないでおくけどさ、顔、引き吊ってるよ。

「あの、怒ってる?」

まさにしょんぼり、その言葉がぴったりだった。怒ってるわけじゃない。ただ恥ずかしい。泣き顔を見られて嬉しい人なんかいない。



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