たとえばそれが始まりだったとして


それを確認して、私はそっとその場から離れた。数歩離れた所から、静かにお姉ちゃんの様子を窺う。お姉ちゃんは唇を噛み締めて、電話なのにうんうん頷いていた。涙を流して、嬉しそうに。

やがて通話を終えたお姉ちゃんがこちらに走り寄って、涙声で報告をした。

「小春っ、和巳が、ごめんって。それでっ今から会えないかってっ」

「うん、良かったね、お姉ちゃん。行って来なよ」

「小春はっ?」

「此処からなら電車で帰れるし、大丈夫」

「っありがとう!」

「うん。あ、荷物は持って行ってね」

「気を付けて帰るのよっ」

うん、と返事をしてお姉ちゃんに紙袋を渡した。お姉ちゃんは紙袋を受け取るとすぐさま背を向けて走り出した。ヒールなのによく走れるな。走り去る背にお姉ちゃんこそ気を付けてと言いたくなった。

『ありがとう』そう言って笑った時のお姉ちゃんは、綺麗だった。ほら、やっぱりね、お姉ちゃんを笑顔に出来るのは、和巳さんしかいないんだよ。だから、ふたりとも、喧嘩しても、ずっと一緒にいてね。

和巳さんの元へと駆けていくお姉ちゃんの姿に、私も満たされたような幸せな心地だった。不安がとれてすっきりと晴れた心に、不意にあの笑顔が頭に浮かんだ。


私は立ち止まったまましばらく喜びの余韻に浸っていた。満足するまでそれを堪能して、さてじゃあ私も帰ろうかと踵を返し駅に向かって歩き始める。鼻歌でもかましそうな程機嫌が良く、スキップしそうになる足をなんとか理性で抑えた。

「ねえ、そこのきみ、これから時間ない?」

そうだ。帰ったら、お母さんに教えてあげよう。

「ねーねー、無視しないでさあ、ちょっと話聞いてよ」

お母さんもだいぶ心配してたからなあ。仲直りしたって言ったら、ほっとするだろう。そうだ、桐原君にもちゃんと――。

「んもう、待ってってばっ」

「うわぁ!」

満面の笑みで通りを闊歩していていると、いきなり視界いっぱいにひとの顔が入り込んで、驚きのあまり背中を仰け反らせた。

「な、なんですか!?」


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