たとえばそれが始まりだったとして


「あ、やっと気付いてくれたー。ね、これからお茶しない? 奢るからさ」

声を掛けてきたのはどうやらこの男のひとのようで。これはもしやナンパというやつですか。

思わず足を止めて胡散臭げにナンパ君を見ると、当の本人は私の反応を楽しむかのようにニコニコと笑みを浮かべている。

ナンパ君は思いの外整った顔立ちをしていた。髪や服装から、ヤンキーって感じじゃなくて、むしろ真面目……というか清潔感があり見た目だけだったら好青年と言ってもいい。年は多分私とそう変わらない。中身はどうだか知らないけど、それだけ格好良ければ普通にモテるだろうに、勿体無い。怪しげな雰囲気で全て台無しだ。

ひと通り観察を終えた所で、もちろん付き合う気など微塵もない私は、ニコニコと笑うナンパ君にわざとらしく溜め息をついて言った。

「ナンパですか? だったら結構です」

「そんなこと言わないでさ、ね、行こ?」

「私もう帰る予定なんですが」

「そうなの? じゃあ三十分だけならどう?」

突っ撥ねてるのは明白で、ナンパ君だって分かっているはずなのに、食い下がる。ナンパ君の根性や侮り難し。

「……お兄さん、ナンパするほど女の人に困ってるようには見えないんですけど」

「んー? いやあ、そうでもないよ、俺今彼女いないし。君可愛いしさ、俺なんかどう?」

「お兄さん目悪いんですか? 私みたいなのナンパしたってつまらないでしょう。あ、ほら、あそこにいる綺麗なお姉さんとかどうですか。さっきからお兄さんのことちらちら見てるし、きっと喜んで相手してくれますよー」

言いながら、数メートル離れた通りの端でこちらの様子を窺っているお姉さんに目を向ける。その顔がほんのり赤く色付いているのは見間違いでも暑さのせいでもないだろう。

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