たとえばそれが始まりだったとして
ふふん。これでナンパ君も諦めてくれるに違いない。さあ、綺麗なお姉さんの元へ行くがいい。
私は張り切って向き直った。すると、
「ふ……ふははははっ!」
突如腹を抱えて笑い出したナンパくん。人通りの多いこの場所で、人目も憚らずに。自分に集まる数多の視線にこの人は気付かないのだろうか。隣に居る私には迷惑行為でしかない。お姉ちゃんにしろ遠藤にしろ、どうしてこうマイペースな人が多いかなあ。
私が不機嫌そうに顔をしかめると、それに気付いたナンパ君はやっとこさ、笑いを引っ込めて取り繕うようにごほんとひとつせき払いをした。
「聞いたとおり面白い子だね、春日原小春サン」
「な、なんで名前」
「申し遅れました。俺は三嶋浩人、桐原修一の友人だよ」
ナンパ君はそう言ってニッコリと微笑んだのだった。
多少の警戒心はあったものの、結局彼について行くことにした。桐原君の友達が何故って疑問と、初めて遭遇する桐原君の友達に対しての好奇心に負けて。
案内されて入ったのは小綺麗な喫茶店だった。来店を告げるベルがチャランと音を立てた。
入ってすぐ、店内をぐるりと見渡す。カウンター席とボックス席があり、全体的にアンティークっぽい内装は、中世のヨーロッパを彷彿とさせた。渋めのジャズクラシックが流れていながらも店内の雰囲気は落ち着いていてなかなかいい感じ。ノートを広げて勉強する大学生らしき人やぴしっとスーツを着た綺麗な女の人、文庫本を読んでいるお爺さんと大人なお客さんが目立つこの喫茶店に、私は少し尻込みしてしまった。
「さっきはゴメンね。お詫びにここ奢るからさ、好きなの頼んで」
私と三嶋君が腰掛けたのは、ボックス席。席に着くなり、三嶋君は向かい側の私にメニュー表をよこしてくる。
そうは言われても会ったばかりの人に奢ってもらうなんて忍びない。遠藤とかだったら存分に甘えちゃうけど。……遠藤は有り得ないか。
「や、自分で払います。ついて来たの自分なんで。悪いですから」
そう断りを入れると、支払いに執着がないのか端から奢る気なんてなかったのか、真意は分からないけど食い下がる事はなく、三嶋君は「そう?」とあっさり応じてくれた。