たとえばそれが始まりだったとして


店員を呼んでお互い注文を済ませる。店員が離れると早速気になっていた事を訊いてみた。

「あの、三嶋君は桐原君のお友達なんだよね? それで、私に何の用があるの?」

桐原君の友達だと分かっただけで、同じ人なのにナンパくんに接した時には感じなかった緊張が俄かに走る。
それに対し三嶋君にはまったく緊張した様子が見られない。寧ろ私と向かい合っているこの状況を楽しんでいるように見える。

「用って程でもないんだけどね。修一から春日原さんのこと色々聞いてて、一度会ってみたいと思ってたんだよ。それが今日偶然見掛けちゃったものだから、ひとりだったしこれは話し掛けなきゃと思って」

そう言ってニコニコと一見人畜無害そうな笑顔を向けてくる。
だけど私は笑顔を返せない。だってさ、三嶋君。私に話し掛けたのが好奇心故だっていうのが本当なら、

「ナンパ君になる必要はないのでは?」

声を掛けるにしたって普通に話し掛けてくればいいじゃないか。何だってわざわざナンパを装ったりなんかしたのか。大層立派な理由があるんだろうね。

「うーん、だって普通に話し掛けたんじゃつまんないじゃない? ちょっと驚かせてみようと思って。驚かせるって言うか怒らせちゃったけどね。でもまさかあんな切り返しされるとは思わなかったなあ」

私にナンパした時の事を思い出したのか三嶋君はクスクスと控えめに笑った。うん、学習能力はあるんだね。
つまるつまらないの話じゃないないと思いはしたけど、遠慮なく笑う三嶋君を見ていたら追及する気も殺がれて、ふと湧いた疑問を口にすることにした。

「でも三嶋君、ナンパのふりなんかしてあたしがほいほいついて行ったらどうするつもりだったの?」

「ん? んー、そしたら……うん、御馳走様」

「!?」

満面の笑みで合掌をしてみせた桐原君のお友達を前に顔が引き吊った。

な、なんてことだ。
冗談きついぞ三嶋君。顔に似合わず意外とお茶目だなんだね。あはは。そう笑って流したいのに三嶋君の笑顔は冗談なのか本気なのか判別がつかない。
ああ、誘いを断り通した数十分前の自分に心から拍手を贈ってやりたい。ほんとついて行かなくて良かった!


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