問題アリ(オカルトファンタジー)




ノエルはまた、目を閉じた。


本当は眠りたくはなかったが、睡眠を欲する身体に抗えるほどの強い意志をもう持ち合わせてなどいなかったのである。


それほどの、疲弊。神経は真綿の糸一本で繋がっていたようなものだった。


耳に届く老婆の言葉を子守唄代わりに、ノエルは眠りに落ちた。


柔らかく心地いい声だった。猫なで声ではない、声。


ノエルの手を握り締めて撫でる、暖かい手。



「私はね、ジューンっていうの。…ケニス様に楯突いたって言われてね、今はお情けでここに幽閉されてるの。でも、もうすぐ戦争が始まる。そうしたら、出来るだけ食い扶持を潰さなきゃならない。私ももう潮時…嫌な世の中ね…ホント。私の息子ももう、死んだんだろうね。ここにこなくなって、何十年にもなるから……さっきね、息子が来たのかと思ったよ。あの子もね、毎日傷だらけでやってきたの……あの子と同じことをされているの…?……えぇと、…あぁ…名前を聞いて置けばよかったね…」



俺は、………ノエル。


ジューンも、あの人から、逃げてるの…?戦争って何?ここから逃げないの?


息子は、どんな子?死んだの?子供はいっぱいいたよ?元気になったら、探してきてあげようか?


あのね、ジューン。さっきは手を叩いてごめんね。怖かったんだ。それとね、あのね、ジューン。


眠りに落ちながら、ノエルは心の中でそんな言葉を返していた。



「……あり、が…とう…」



ノエルの言葉に、ジューンは少し驚いたように目を見開いて、すぐに、その皺だらけの顔に一層深い笑みを浮かべて、ノエルの頭を撫でて暖かくなった布を水に浸してまた額へと置いた。


ノエルから心地よい寝息が聞こえればジューンはまるで息子にするように、その頬に口付けを落として、その珍しい白い髪を撫でた。


それから一人、何度も読み返した本へと目を通しながらノエルが目覚めるのを待った。


狭い部屋に自分以外の体温がある、嬉しい違和感。窓の外を覗けば、ケニスが使用人たちを使ってノエルを探させていたが。






< 102 / 122 >

この作品をシェア

pagetop