僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ


親父があんなんでも、母さんにはきっと優しかった親父との思い出がある。俺や枢稀が生まれる前の、ふたりだけの思い出がある。


怖くて、恐ろしくても、いつかきっと戻ってくれると、信じていたんだろ?


「……いいの。もう、いいの。警察に追われて、叫びながら抵抗するあの人を見たら……とても、とても後悔したわ。今までの日々を、祠稀と、枢稀と過ごせたら、どれだけ幸せだったかしらって……ごめんね……っ、あんな人でも、一度は愛したから……」


嗚咽を洩らす母さんの隣に枢稀が座り、背中を撫で始める。そのまま枢稀は俺を見ると、眉を下げた。


「……祠稀。今まで……」

「やめろ」


目を逸らして俯くと、遮られた枢稀は黙る。俺は頭を掻き、わざとらしく溜め息をついた。


「やめろ。俺だって、お前に散々やり返したんだから」


親父の犬だと嘲笑って、挑発して、俺は枢稀をバカにしてきた。


自由に生きられなかった枢稀を、仮初の自由でも、歯を食いしばって守っていた枢稀の心を、俺は何度も踏みにじったんだ。


「謝るな、頼むから。……弟の頼みくらい、聴けんだろ」

「……じゃあ、」


ぐしゃぐしゃっと、大きな手が乱暴に頭を撫でる。


驚いて顔を少し上げると、乱れた髪の隙間から、枢稀の笑顔が見えた。


「ありがとう、祠稀」


……なんだよ。

何泣いてんだよ。
泣くなよ……クソ。


せっかく我慢したのに、俺まで泣くじゃねぇかよ。


「母さんと俺を守ってくれて、ありがとう」

「……黙れ、クソ兄貴。触んな」


そう言いながら俺は黙って枢稀に頭を撫でられ続け、静かに泣いた。


後ろで凪が、目を細めて微笑んでいるんだろうなと思いながら。



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